【備考】
●女性ホルモン薬の催奇形性についてはよくわかっていませんが、仮にあったとしてもその発現率が著しく増えるようなことはありません。日常的な使用量の範囲であれば、自然な奇形のリスク(1〜3%)と大差はないということです。妊娠に気づかずに初期の一時期に服用していたとしても、中絶を考慮するほどの危険性はありません。FDAの基準では妊娠中における有用性の低さから絶対禁忌の"X"としていますが、薬そのものの危険性が必ずしも高いわけではありません。
●アメリカできびしく評価されるもう一つの理由に「DESの悲劇」があります。DESとは、ジエチルスチルベストロール(国内未発売)の略称で合成卵胞ホルモン薬の一種です。1940年代から欧米で流産防止などに広く使われていましたが、その後の疫学調査で子供の成長後にさまざまな生殖器の異常を生じるることが確認されました。とくに腟腺腫が多発しているのが特徴的です。FDAは、この事態を重く受け止め、他の女性ホルモン系の薬についても潜在的危険性を否定できないとし、妊娠中の使用をきびしく規制したわけです。非常に特異なケースですが、妊娠中の薬の影響が子供の成長後に現れることもあり得るのです。幸い、この薬は国内で発売されませんでしたので、日本ではそのような被害はでていません。
●日本でも卵胞ホルモン薬の多くは妊娠中禁忌となっています。ただし、「子宮頚管軟化剤」は例外です。卵胞ホルモン系のマイリスという薬が子宮頚管軟化剤として多用されているのです。このような使われ方がされるのは、おそらく日本だけで、その有用性については賛否のあるところです。DESの教訓を学んだ欧米では好まれない使用法でしょう。ショックや胎児徐脈など重い副作用も報告されています。子宮頚管軟化剤の安易なルーチンな使用は慎まなければなりません。
●多くの合成黄体ホルモン薬には、弱いながら男性ホルモン作用があります。妊娠初期の8週以降に大量連用すると女児の男性化をまねくおそれがあります。そのため、妊娠中は基本的に禁忌です。ただ例外的に、黄体ホルモン薬を流産防止薬として用いることがあります。この場合、比較的少量を用いるので胎児への影響はまずないと考えられています。そのほか、不妊治療や避妊薬としても使われますが、この場合も少量で済みますし、妊娠8週より前でしたら男性化の問題もありません。妊娠に気づかずごく初期の一時期に服用してしまったとしても、中絶を考慮するほどの危険性はまったくないのです。なお、妊娠中に黄体ホルモン薬による治療が必要な場合は、動物実験で催奇形性作用がなく、男性化作用のないジドロゲステロン(デュファストン)の使用がすすめられています。
●卵胞・黄体ホルモン薬(ピル、経口避妊薬、OC)を妊娠に気づかずにしばらく飲みつづけてしまったとしても、まず問題となることはありません。ホルモンの配合量が少ないので、おなかの赤ちゃんに影響することはほとんどないのです。ただし、妊娠と分かったなら、すぐに中止するようにしてください。経口避妊薬としてお飲みの場合でも、もし2周期続けて生理がない場合は妊娠の可能性がありますので、すぐに医師に相談してください(きちんと飲んでいれば、妊娠することはまずありませんが・・)。
【myメモ】
- ※卵胞ホルモン薬
- *妊娠第1三半期に卵胞ホルモンを服用した614名について調査した結果、心臓血管系、目と耳の異常、ダウン症候群などの先天異常発生の増加が認められた。[佐藤孝道ら:実践
妊娠と薬'92(Heinonen, O. P.: Birth defects
and drugs in pregnancy, 388~395 1977)]
*(上記)Heinonenの調査結果を薬剤の曝露時期、妊娠初期の性器出血と母親の分娩歴などから再評価したところ、エストロゲンと心臓奇形に因果関係があるとはいいきれなかった。[妊娠と薬'92(Briggs.,
G. G.: Drugs in pregnancy and lactation,256,
1990)]
- ※卵胞ホルモン薬
- 卵胞ホルモン剤を妊娠動物(マウス)に投与した場合、児の成長後、腟上皮及び子宮内膜の癌性変性を示唆する結果が報告されている。また、新生児に投与した場合、児の成長後、腟上皮の癌性変性を認めたとの報告がある。[添付文書/その他の注意(安田佳子
他:医学のあゆみ 98(8),537〜538(1976)、安田佳子
他:医学のあゆみ 99(8),611〜612(1976)、守
隆夫:医学のあゆみ 95(11),599〜602(1975))]
- ※ジエチルスチルベストロール(卵胞ホルモン薬、国内未発売)
- 1940年から1971年の間に、婦人科的疾患のために、ジエチルスチルベストロールを投与された妊婦600万人を対象に調査が行われた結果、男児、女児のいずれにも生殖器官、生殖機能に欠陥が生じていることが判明している。[佐藤孝道ら:実践
妊娠と薬'92(Briggs. G. G., 1990)]
- ※ジエチルスチルベストロール、エストラジオール
- 卵胞ホルモン剤であるジエチルスチルベストロールを妊娠動物あるいは妊婦に投与したとき、出生児に生殖器系臓器の異常が報告されている。エストラジオールのヒトにおける催奇形性の報告はないが、妊娠動物への投与によって児の生殖器系臓器に異常が起こることが報告されている。ヒトにおいて、妊娠中の女性ホルモン剤(経口避妊薬等)投与によって児の先天性異常(先天性心臓奇形及び四肢欠損症)のリスク増加の報告がある。[添付文書(エストラダーム)]
- ※黄体ホルモン薬
- ホルモン誘起性の女性半陰陽が発生した147例中、プロゲステロン(黄体ホルモン)またはプロゲステロンデポーの投与を受けていたのは7例であった。[佐藤孝道ら:実践
妊娠と薬'92(清藤英一:催奇形性等発生毒性に関する薬品情報,
882, 884, 1986)]
- ※黄体ホルモン薬
- プロゲステロンに曝露された988名の幼児が、曝露されなかった1,976名と比較された。プロゲステロンと催奇形との関係は認められなかった。[佐藤孝道ら:実践
妊娠と薬'92(Briggs, G. G.: Drugs in pregnancy
and lactation, 390~391, 1990 | Ressequie,
L. J.: Congenital malformations among offspring
exposed in utero to progestins, Fertil. Steril.,
43, 514~519, 1985)]
- ※黄体ホルモン薬
- 日本の調査として、日本母性保護医協会にて先天異常の調査があり、流産防止のために妊娠中にプロゲストーゲンを服用した人と服用しなかった人を比較した結果、口蓋裂を含む先天奇形の発生率に有意な差は認められなかった。[旧厚生省:経口避妊薬(OC)の安全性についてのとりまとめ(先天異常調査
20年のあゆみ:日本母性保護医協会1993)]
- ※黄体ホルモン薬
- 妊娠初期に大量投与したとき女児の男性化がおこることがあるが、常用量を短期間服用した場合はその可能性は低い。[佐藤孝道ら:実践 妊娠と薬'92]
- ※黄体ホルモン薬
- 受胎8週時点またはそれ以後に母親が本剤を使用した場合、女性胎児の男性化を引き起こすおそれがある。この副作用には用量依存性がある。使用がこの期間よりも前であれば男性化は起こらない。[妊娠中の投薬とそのリスク(オーストラリア医薬品評価委員会
Medicines in Pregnancy)]
- ※黄体ホルモン薬
- 切迫流産の治療には従来から黄体ホルモン剤が投与されてきたが、現在ではその効果が疑問視されており、米国FDAでは胎児奇形との関連性と治療効果の不確性から切迫流産への使用を中止するよう勧告している。[佐藤孝道ら:実践
妊娠と薬'92]
- ※卵胞・黄体ホルモン薬(ピル、経口避妊薬、OC)の催奇形性
- Hugginsらは、OCと染色体異常を含む先天性異常の関連について既発表の論文(1960年〜1988年)を評価し、「妊娠前のOC服用とダウン症を含む先天性異常との関連は、あったとしても非常に小さい。」と結論した。[旧厚生省:経口避妊薬(OC)の安全性についてのとりまとめ(Huggins,GRら: Fertility
& Sterility 54, 559-573, 1990)]
- ※卵胞・黄体ホルモン薬(ピル、経口避妊薬、OC)の新生女児の性器の男性化
- 女児の男性化については、1960年の報告では妊娠中に10〜40mg/日のホルモン剤投与を受けた女性に新生女児の男性化が認められたとあるが、以後OCのホルモン含量は劇的に低下された。このため「妊娠初期に1mg以下のプロゲストーゲンを含むOCを服用した女性で,新生女児の外性器の男性化が認められたという新しい報告はほとんどない。」と結論されている。[旧厚生省:経口避妊薬(OC)の安全性についてのとりまとめ(Huggins,GRら: Fertility
& Sterility 54, 559-573, 1990)]
- ※卵胞・黄体ホルモン薬(ピル、経口避妊薬、OC)の新生男児の性器の女性化
- 米国では過去の添付文書には男児の泌尿生殖管の異常(性器の女性化)の記載が見られていたが(「Norinyl」1986年版米国添付文書)、1988年以降の米国経口避妊薬添付文書ガイダンスでは「妊娠前にOCを服用していた女性における先天性異常児出産の危険性増大は認められていない」との内容に変更されている。[旧厚生省:経口避妊薬(OC)の安全性についてのとりまとめ(Corfman,
PAら: Contraception 37, 433-455, 1988)]
- ※卵胞・黄体ホルモン薬(ピル、経口避妊薬、OC)の心血管系奇形発症
- 妊娠初期にOCを服用していた女性での心血管系奇形児の発症率は、非服用者に比し有意差はなかった。また、他の報告でも、妊娠初期に不注意で服用してしまった場合でも催奇形性作用(特に心臓奇形や四肢異常)の発現はみられないことが示唆されている。以上のように、OCと催奇形性との関連には否定的な見解が示唆されているが、ホルモン製剤であることを考慮すると、妊娠が疑われる女性はOCの服用を継続すべきでない。[旧厚生省:経口避妊薬(OC)の安全性についてのとりまとめ(Heinonen,OPら:
N.Eng.J.Med. 296, 67-70, 1977 | Harlap.Sら:
Obstet.Gynec 55, 447-452, 1980 | Savolainen,Eら:Am.J.Obstet.Gynec140,521-524,
1981| Ferencz,Cら: Teratology 21,225-239,
1980 | Rothman,KJら:Am.J.Epidemiology109,433-439,
1979)]
- ※卵胞・黄体ホルモン薬(ピル、経口避妊薬、OC)
- 経口避妊薬は、胎児に対する副作用の可能性があるので妊娠中は禁忌である。経口避妊薬が妊婦においては治療的価値を有しないことはいうまでもない。妊娠初期の経口避妊薬摂取と先天奇形との間の関連性があるかもしれないが、最近の証拠の大部分は、たとえあってもその危険は先天性奇形の背景危険因子に比較すると小さいことを示している。[佐藤孝道ら:実践
妊娠と薬'92(蜿タ サ:妊婦のためのハンドブック,
91~92, 1990)]
- ※卵胞・黄体ホルモン薬(ピル、経口避妊薬、OC)
- これまでの大部分の報告は、黄体・卵胞ホルモン配合剤の催奇形性に否定的であり、広く世界の女性に使用されるようになってからも先天異常の発生頻度に変化がないことから、両者の関連性はまずないと考えてよいだろう。[佐藤孝道ら:実践
妊娠と薬'92(小林拓郎:ピルと性機能, 産科と婦人科,
55, 28~34, 1983)]
|