【備考】
●妊娠中でも、感染症の治療を優先して抗生物質を用いることがあります。比較的安全と考えられるペニシリン系やセフェム系、あるいはマクロライド系の抗生物質を用います。たとえば、使用経験の多いアンピシリン(ビクシリン)やアモキシシリン(サワシリン)、セファレキシン(ケフレックス)、エリスロマイシン(エリスロシン)、アセチルスピラマイシンなどです。分娩時にクラミジアやB群溶連菌が赤ちゃんに感染しないように、事前に抗生物質を用いることもあります。アンピシリンなどペニシリン系の抗生物質は海外で大規模な疫学調査がおこなわれており、ほぼ安全性が確立されています。
●ペニシリン系やセフェム系、またマクロライド系の抗生物質は、若い人にも処方される機会の多い薬です。カゼ、膀胱炎、化膿性のニキビなどいろいろな感染症に使われています。もし、妊娠を知らずにこれらの抗生物質を飲んでいたとしても、おなかの赤ちゃんに影響することはまず考えられません。
●ミノサイクリンなどのテトラサイクリン系の抗生物質を妊娠中期以降に使用すると、赤ちゃんの歯が黄色くなるおそれがあります。2週間以上使用すると、その可能性が高くなるようです。このことから、この系統の抗生物質を妊娠中にあえて処方することはありません。ところが、妊娠に気づかないままテトラサイクリン系抗生物質を服用してしまうケースがわりとよくあります。ニキビやクラミジアの治療で若い女性に処方される機会が多いからです。幸い、妊娠初期の服用により奇形を作る作用はまずないと考えられていますし、初期でしたら歯の黄染もありません。虎の門病院の相談事例によると、妊娠中にミノサイクリン(ミノマイシン)を服用した16人全員が障害のない健康な赤ちゃんを出産されたそうです。
●キノロン系は、添付文書で妊婦禁忌となっています。これは、ネズミやウサギの実験で高用量を投与したときに発育抑制や骨格異常がみられること、また、ペニシリン系など他の安全な代用薬があるということが理由です。人での奇形の症例報告はなく、また、ある臨床研究においても催奇形性作用はみられませんでした。妊娠に気付かずキノロン系抗菌薬を飲んでいた549人を調べたところ、通常の妊娠の場合と差はなかったということです。また、虎の門病院の相談事例によると、奇形の危険性の高い妊娠初期にキノロンを服用していた40人全員が障害のない健康な赤ちゃんを出産されています(妊娠と薬'92)。禁忌だからといって、必ずしも危険性が高いというわけではないのです。妊娠に気づかず服用していたとしても、中絶を考慮するほどの危険性はまったくありません。
【myメモ】
- ※ファースト チョイス
- 特殊な感染症でない限り、合成ペニシリン系かセフェム系をファースト
チョイスにすればよい。次々に新しい抗生物質が開発されているが、ペニシリン系ではアンピシリン、セフェム系では第一世代のものがまず使用されるべきであろう。新しい抗生物質では、厳密に言えば人での安全性が確立されていないからである。[佐藤孝道ら:産婦人科の実際
Vol.38/No.11])
- ※ペニシリン系
- Although penicillins accumulate in amniotic
fluid in large amounts during maternal ingestion,
no adverse fetal effects have been associated
with this group of compounds (Hutter, 1985).
It must be noted that all penicillins may
produce anaphylaxis during pregnancy or immediately
after delivery. If anaphylaxis is severe
and uncontrolled, it could result in compromising
placental circulation, and cause fetal damage
or death (Reprotox, 1993). However, in general,
the penicillins have not been shown to be
teratogenic in humans, and there have been
no recognized adverse effects due to exposure
of these drugs.[Illinois Teratogen Information
Service/ANTIBIOTICS AND PREGNANCY]
ペニシリン系は羊水に大量に移行するけれど、胎児への有害な影響はみられない。注意すべきは、アナフィラキシー。重篤なアナフィラキシーは、胎盤循環を悪化させ、胎児に致命的なダメージを与えかねない。けれども一般的に、ペニシリン系抗生物質は催奇形性がなく、また胎児毒性も認められない。
- ※アンピシリン
- 50,282組の母子の調査では、第1三半期に3,546人、妊娠中のいずれかの時期に7,174人がペニシリン系薬剤に曝露されたが、奇形との関係は示唆されなかった。これらのデータからアンピシリンに催奇形性があるとは考えられないという報告がある。[佐藤孝道ら:実践
妊娠と薬'92]
- ※Amoxicillin(アモキシシリン)
- 1st trimester exposure in 8,538 infants resulted
in no increase in major or minor anomalies[Perinatology.com/Drugs
in Pregnancy and Lactation]
妊娠初期に曝露した8,538例において、先天異常等の増加は認められなかった。
- ※クラブラン酸カリウム・アモキシシリン(オーグメンチン錠)
- 適応外であるが、前期破水時の感染予防を目的とした本剤投与群において、非投与群より新生児の壊死性腸炎の発生率が高いという疫学調査の報告がある。[添付文書/その他の注意
Kenyon,S.L.,et al.:Lancet,357,979(2001)]
- ※CEPHALOSPORINS(セファロスポリン系)
- Cephalosporins are the most widely used class
of antibiotics. Based on their spectrum of
activity against gram-negative bacteria,
these antibiotics are classified into three
generations. Many of the first and second
generation cephalosporins have been studied
extensively in pregnant patients. Although
there is limited data available at this time,
it is thought that most of the first and
second generation cephalosporins are not
associated with any known or suspected teratogenic
effects and are assumed safe for use during
pregnancy (Landers et al., 1983). The third
generation cephalosporins, however, have
not been used extensively during pregnancy;
therefore, there is little information known
about their effects.[Illinois Teratogen
Information Service/ANTIBIOTICS AND PREGNANCY]
・・第一世代と第二世代セファロスポリン系抗生物質は妊娠中の患者に広く使われ、研究もされている。現時点、利用できるデータは限られるが、大部分の第一、第二世代セファロスポリン系抗生物質は催奇形性の危険性はないとされ、妊娠中でも安全と考えられている。
- ※CEPHALEXIN(セファレキシン)
- No epidemiological studies of congenital
amonalies among infants exposed to
cephalexin
in utero have been reported. Having
reviewed
several reports of women taking this
drug
during pregnancy, Briggs et al. (1986)
found
no increase in defects or toxicity
of newborns
who were exposed to cephalexin in
utero.
The amount of data supporting these
findings,
however, is quite limited.[Illinois
Teratogen
Information Service/ANTIBIOTICS AND
PREGNANCY]
セファレキシンに関する疫学的な調査は報告されていない。データはごく限られるが、セファレキシンに曝露した児において欠損等の増加はみられなかったとする報告がある。
- ※Clarithromycin(クラリスロマイシン)
- In prospective controlled study Einarson
et al. found no increase in major or minor
fetal anomalies in the infants of 157 women
exposed to clarithromycin at any time during
pregnancy including 122 infants exposed during
the 1st trimester. However, the frequency
of spontaneous abortions in the exposed group
was higher (14%) than in the control group
(7%) (p = 0.04) [Perinatology.com/Drugs
in Pregnancy and Lactation(Einarson A, Phillips
E, Mawji F, D'Alimonte D, Schick B, Addis
A, Mastroiacova P, Mazzone T, Matsui D, Koren
G. A prospective controlled multicentre study
of clarithromycin in pregnancy. Am J Perinatol.
1998;15(9):523-5.MEDLINE)]
妊娠中にクラリスロマイシンを使用した157人の女性(うち122人は初期に使用)を前向きに追跡した研究では、クラリスロマイシン使用群に奇形等の増加は認められなかった。けれども、コントロール群に比べ自発的な中絶が多かった。
- ※アセチルスピラマイシン
- 妊婦のトキソプラズマ症、治療薬の製造中止へ。
妊婦が初感染すると胎児に脳障害を起こすことがあるトキソプラズマ症で「妊婦に安心して使える唯一の薬」とされる治療薬の製造中止に向け、協和発酵工業(東京)が作業を進めていることが14日、分かった。薬は同社が1967年から発売している抗生物質の錠剤アセチルスピラマイシン。医薬品の製造管理や品質管理を定めた規則(GMP)に適合しなくなったためで、同社は製造中止について厚生労働省や関係学会と折衝を始めた。
多くのの臨床医が、胎児の安全性の点から同薬を第一選択薬として処方しており、製造中止になると治療現場での混乱が心配される。日本産婦人科学会は、代替薬の検討や海外での治療状況の調査に乗り出した。トキソプラズマ症の原因は原虫で、猫のふんや土、生肉を介して感染する。感染者は少なくとも、妊婦千〜2千人に1人と推定されている。妊婦が感染すると胎児にも感染する危険性があり、重症の場合は水頭症になったり、失明や運動障害を起こしたりする。 協和発酵工業コーポレートコミュニケーション室は「今はメーカーとして何も言える段階ではなく、まだお話しできないとしか言いようがない」としている。[東京新聞
03/07/14]
- ※テトラサイクリン系
- 50,282組の母子の調査では、第1三半期に546人、妊娠全期間では1,944人がテトラサイクリン、クロルテトラサイクリン、オキシテトラサイクリンに曝露されたが、大奇形と小奇形の発生頻度に有意な差はなかった。[佐藤孝道ら:実践
妊娠と薬'92]
- ※Tetracyclines(テトラサイクリン系)
- Hypoplasia of tooth enamel, and incorporation
into bone after first trimester.[Perinatology.com/Drugs
in Pregnancy and Lactation]
第1三半期(妊娠初期)をすぎてから使用すると、歯のエナメル質の形成不全を生じたり、骨に沈着することがある。
- ※ミノサイクリン
- 胎児に一過性の骨発育不全、歯牙の着色・エナメル質形成不全を起こすことがある。また、動物実験(ラット)で胎児毒性が認められている。[添付文書]
- ※Ciprofloxacin(シプロフロキサシン)
- 1st trimester exposure in 105 fetuses resulted
in no increased rate of major or minor anomalies.
Achievement of developmental milestones and
musculoskeletal system development were normal.
However, the authors of the study cautioned
that longer follow-up and magnetic resonance
imaging of the joints may be warranted to
exclude subtle cartilage and bone damage.[Perinatology.com/Drugs
in Pregnancy and Lactation(Loebstein R et
al.Pregnancy Outcome Following Gestational
Exposure to Fluoroquinolones: a Multicenter
Prospective Controlled StudyAntimicrob. Agents Chemother. 1998. 42:1336-1339.)]
妊娠初期に曝露した105例の児において、先天異常等の割合が増えることはなかった。骨格等の発育も標準的であった・・。
- ※イソニアジド
- 動物実験(マウス)で胎児の発育障害作用が報告されている。また、アミノサリチル酸製剤を併用投与されている患者で、奇形児の出現率が高いとする疫学的調査結果がある。[添付文書]
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