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妊娠とくすりTop / 2.妊娠とくすり概説 /(5) 授乳とくすり


(5) 授乳 と くすり

ほとんどの薬は母乳に入りますが、その量はわずかです。母乳をとおして赤ちゃんに害がでる可能性は低いと考えられています。もし、影響があったとしても、たいていは一過性の軽い症状で済みます。医師の考え方にもよるのですが、実際に授乳を中止するよう指示されるケースは、むしろまれなことです。

断乳が絶対に必要となるのは、母乳にたくさん移行する薬で、しかも重い副作用を起こすおそれのある薬です。たとえば、一部の抗がん剤や免疫抑制薬、放射性医薬品などがあげられます。日常的な病気に処方される薬でしたら、授乳中であってもそれほど心配ないです。

薬そのものの危険度のほか、授乳時期にも配慮が必要です。とくに注意が必要なのは、生後1〜2カ月くらいまでです。まだ、肝臓や腎臓の働きが不十分で、薬を排泄する能力が低いからです。場合によっては、母乳中の薬が赤ちゃんの体内にたまり、思わぬ症状を起こすおそれがあります。母乳による副作用報告例は少ないのですが、その多くは新生児で起きています。

断乳を必要とするのは一部の薬といっても、そのほかの薬の安全性が必ずしも確立されているわけではありません。また、より万全をきすという意味でも、不必要な薬は飲まないに越したことはありません。授乳中は、市販薬も含め必ず医師や薬剤師の指導のもとでご使用になってください。


授乳中の服薬ポイント

授乳中でも、お母さまの病気の治療のため、薬が必要なことがあります。医師は、できるだけ安全な薬を選んで処方します。授乳中に安全な薬とは、母乳中へ移行しない薬、あるい移行量の少ない薬、また副作用の少ない薬です。多くの場合、授乳を続けられますが、生後まもない時期や、薬の種類によっては授乳を中止するよう指導されることがあります。

授乳を続けてよい場合でも、念のため赤ちゃんの様子をよく観察しましょう。母乳の飲み具合、眠り方、機嫌、便の状態などに注意してください。もし、決まった時間に母乳を飲まなくなったり、1回の睡眠時間が異常に長い(4時間以上)、うとうと状態が続く、変にぐずる、いらいら感、下痢、発疹など普段にない症状がみられたら、早めに医師に相談するようにしてください。

薬は、飲んだあと徐々に血液や母乳に移行していきます。一般的に母乳中の薬の濃度が最高になるのは2〜3時間後です。ですから、薬の服用直前あるいは直後に授乳をすれば、赤ちゃんへの影響が少なくできるといわれています(一般論ですので、すべての薬に当てはまるわけではありません)。

赤ちゃんにとって母乳はもっとも好ましい栄養源です。病気に対する抵抗力もつきます。薬の害を心配しすぎて、自分だけの判断で母乳を中断しないようにしましょう。


添付文書の解釈

添付文書で「投与中は授乳を中止すること」と規制されている薬がたくさんあります。とくに最近は、PL法対策から、新たに記載さけるケースが増えています。このような記載があったとしても、必ずしも危険性が高いわけではなく、実際には授乳を中止させないことも多いものです。授乳時期によっても対応が異なります。



<付録>薬剤の母乳への移行性と乳児への影響
薬 剤 (製品例) 乳児への影響および報告例 乳児推定摂取量(%) *1 評価 *2 評価 *3
■中枢神経用剤         
ジアゼパム(セルシン) 傾眠状態、体重減少(生後5日)
乳児/母親比=0.35(生後4日) *4
乳児/母親比=0.12(生後6日)
2、2.3 不明 注意
フェノバルビタール(フェノバール) 傾眠状態(生後1〜2週) 23〜156 注意 注意
ブロム剤(ブロバリン) 傾眠状態、発疹   可能  
フェニトイン(アレビアチン) 傾眠状態、メトヘモグロビン血症
乳児/母親比=0.01(生後1〜3カ月)
3、3.6〜7.2 可能 注意
プリミドン(マイソリン) うとうと状態(生後2週)
乳児/母親比=0.1(生後2〜3週)
1.4〜2.8 注意  
カルバマゼピン(テグレトール) 乳児/母親比=0.34(生後2日)
乳児/母親比=0.65(生後3日)
乳児/母親比=0.58(生後4週)
乳児/母親比=0.17(生後63日)
4.9、2.8 可能  
バルプロ酸ナトリウム(デパケン) 乳児/母親比=0.08 1.8 可能  
クロナゼパム(リボトリール) 無呼吸、チアノーゼ、低血圧(〜1週)      
エトスクシミド(ザロンチン) 哺乳力低下、傾眠傾向(新生児)
乳児/母親比=0.32(生後3.5カ月)
13、29.6 可能  
クロルプロマジン(コントミン) 傾眠傾向 0.2 不明 注意
炭酸リチウム(リーマス) チアノーゼ、体温下降(〜1週)
乳児/母親比=0.2〜0.7
1.8 禁忌 禁忌
ドキセピン 呼吸障害、傾眠傾向(生後8週) 0.01 不明 注意
レボドパ(ドパール他) 乳汁分泌抑制のおそれ      
ブロモクリプチン(パーロデル) 乳汁分泌抑制のおそれ   禁忌 禁忌
■解熱鎮痛抗炎症剤        
アスピリン サリチル酸中毒(生後16日) 2.2 注意 禁忌
アセトアミノフェン 発赤(生後2カ月) 2.9 可能  
スルピリン チアノーゼ、無呼吸
乳児/母親比=0.97(生後42日)
  可能  
インドメタシン(インテバン) 痙れん(生後1週)   可能 注意
メチアジン酸 発赤(生後17日)      
ナプロキセン(ナイキサン) 出血時間延長(生後7日) 1.1 可能  
セデスG(中止) メトヘモグロビン血症(生後1カ月)      
■循環器系用剤        
ジゴキシン 乳児/母親比=0.1(生後7日) 2.3、2.9 可能  
カフェイン いらいら状態(生後5日) 9.6 可能  
アテノロール(テノーミン) チアノーゼ、低体温、除脈、低血圧(生後5日) 5.7、16、19.2 可能  
アセブトロール(アセタノール) 除脈、低血圧、一過性の頻呼吸(生後4日) 3.5 可能  
■内分泌系用剤        
チアマゾール(メルカゾール) M/P比=約1(投与後8時間まで) *5 12、16.6 可能 禁忌
カルビマゾール 生後2〜16週の乳児血漿中濃度0〜156ng/mL(治療域50〜100ng/mL) 27 可能  
■避妊薬        
避妊薬 乳房肥大(生後3週)、葉酸欠乏症(生後10カ月)   可能 注意
■抗菌薬        
クリンダマイシン(ダラシン) 血便(生後5日) 2.8、5.4 可能  
サルファ剤 G-6-PD欠損乳児で溶血性貧血、黄疸、下痢   可能 注意
シプロフロキサシン(シプロキサン) 偽膜性大腸炎(生後2カ月)      
ナリジクス酸(ウイントマイロン) 溶血性貧血、黄疸 0.3 可能 注意
■抗悪性腫瘍剤        
シクロホスファミド(エンドキサン) 好中球減少(生後2カ月)   禁忌 禁忌
塩酸ドキソルビシン(アドリアシン) M/P(AUC)比=1.2 1.3 禁忌 禁忌
シスプラチン(ブリプラチン) M/P比=1.1 〜0.7 可能  
メトトレキサート(メソトレキセート)
メトトレキサート(リウマトレックス)
  0.93 禁忌 禁忌
■その他        
テオフィリン(テオドール) いらいら状態 19〜63、8〜54 可能 注意
センナ(アローゼン) 下痢が起こる可能性が高いとの報告、影響なしとの報告   可能  
メトクロプラミド(プリンペラン) 乳児/母親比=0〜0.11 4.7、11.3 不明  
メトロニダゾール(フラジール) 乳児/母親比=0.04〜0.32 0.13、0.4、11、36 不明 禁忌
フェニンジオン 術後の出血傾向(生後5カ月)   禁忌 禁忌
シクロスポリン(サンディミュン) M/P比=0.1〜0.3   禁忌 禁忌
フマル酸クレマスチン(タベジール) うとうと状態、被刺激性(生後10週) 9 注意  
金チオリンゴ酸ナトリウム(シオゾール) 一時的浮腫(生後15〜18カ月) 5.5、8.4 可能 禁忌
エルゴタミン(カフェルゴット) 嘔吐、下痢   禁忌 禁忌
サラゾスルファピリジン(サラゾピリン) 血便を伴う下痢(生後20日) 1.2、4.5、7 注意  
メサラジン(ペンタサ) 水様性下痢(生後6週) 0.25 注意  
ジアフェニールスルホン 溶血性貧血(生後1カ月) 9.6 可能  
アルコール アルコール中毒症、低プロトロンビン血症、偽クッシング症候群 19.5 可能 禁忌
放射性医薬品 甲状腺機能低下症     禁忌
薬 剤 (製品例) 乳児への影響および報告例 乳児推定摂取量(%) *1 評価 *2 評価 *3
[菅原和信、豊口禎子:授乳と薬剤, 薬局, 49, 1678, 1998(製品例付記)]
*1 乳児推定摂取量(%):乳児推定摂取量/母親投与量(Atkinson HC et al: Clin Pharmacokinet, 14: 217-240, 1988)
*2 評価:American Academy of Pediatrics. Commitee on Drugs: Pediatrics, 93: 137-150, 1994
禁忌:授乳中は禁忌の薬剤
不明:授乳児への影響は不明だが、懸念さける薬剤
注意:授乳児に影響を及ぼしたとの報告があり、授乳婦に注意して投与しなければならない薬剤
可能:通常は授乳中も投与可能な薬剤
*3 評価:Kacew S: J Clin Pharmacol, 33: 213-221, 1993
禁忌:授乳中は禁忌の薬剤
注意:授乳中は注意が必要な薬剤
*4 乳児/母親比:乳児血中濃度/母親血中濃度比
*5 M/P比:母乳中濃度/母親血中濃度比

【myメモ】
※ペニシリン系抗生物質
合成ペニシリンは、セフェム系に比べて乳汁中に分泌されやすい。セフェム系はほとんど移行しないので、乳腺炎の治療には合成ペニシリンを first choiceにする。ただし、新生児に下痢やカンジダ症を起こすことがあるので注意する。[産婦人科の実際 Vol.38 No.11 1989 ]
※テトラサイクリン系抗生物質
テトラサイクリン系は乳汁中にも分泌され、歯の着色や骨発育の障害が起こることが理論的には考えられるので、投与時には授乳を中止したほうが良い。[産婦人科の実際 Vol.38 No.11 1989 ]
※プレドニゾロン
プレドニゾロン50mgの経口投与で乳児は生理的必要量の20%以下を母乳より受ける。[新薬と治療No.424/特集 妊娠と疾患/伊藤幸治:気管支喘患と妊娠]
※膠原病/ステロイド
プレドニン換算で1日30mgまでなら授乳は可能である。しかしそれ以上の量が必要な場合、母体の状態が不安定ということになるので、母体治療を優先させるべきである。[臨床と薬物治療, 17(2), 1998]
※マレイン酸メチルエルゴメトリン(メテナリン)
1999年版のMERCK MANUAL(17版)にも、16版同様に、授乳中の母親への薬物投与の項目のなかで、禁忌のひとつとしてergot and its derivatives(methysergide)をあげています。したがって、子宮復古不全に対しての使用については何ら問題はありませんが、子宮収縮促進ならびに子宮出血の予防の目的でルーチンに出産後経口投与されることについては、今一度ご検討をお願いしたいと思います。[犬飼和久:エーザイ, CLINICAN '99 No.483]
※Alprazolam(アルプラゾラム:コンスタン)
Neonatal withdrawal symptoms have been noted after exposure to alprazolam in late pregnancy (Barry and St.Clair, 1987) and breast-feeding (Anderson and McGuire, 1989). [Illinois Teratogen Information Service/Benzodiazepines in Pregnancy]
妊娠後半期のアルプラゾラム曝露例および授乳において新生児退薬症状が報告される。
※ST合剤(バクタ、バクトラミン)
授乳中の婦人には本剤投与中は授乳を避けさせること。母乳を通じて薬物が移行し、低出生体重児、新生児に高ビリルビン血症を起こすことがある。[添付文書]
※塩酸ジフェンヒドラミン(レスタミン)
授乳中の婦人には投与しないことが望ましいが、やむを得ず投与する場合には授乳を避けさせること。〔母乳を通して乳児の昏睡がみられたとの報告がある。〕[添付文書]
※サラゾスルファピリジン、メサラジン(サラゾピリン、アザルフィジン)
授乳中の婦人への投与は避けることが望ましいが、やむを得ず投与する場合は授乳を避けること。〔母乳中に移行し、乳児に血便又は血性下痢があらわれたとの報告がある。〕[添付文書2012/02]
※メサラジン(ペンタサ)
授乳中の婦人への投与は避けることが望ましいが、やむを得ず投与する場合は授乳を避けること。[ヒト母乳中へ移行することが報告されている。また、国内および海外において乳児に下痢が起きることが報告されている。][添付文書2005/09]
※ラモトリギン(ラミクタール)
授乳中の婦人には本剤投与中は授乳を避けさせること。本剤はヒト乳汁中へ移行し、授乳中の乳児における血中濃度は、授乳中の婦人の血中濃度の最大約50%に達したとの報告がある。[添付文書]
※レボノルゲストレル(ノルレボ)
本剤の成分は乳汁中に移行するので、本剤の投与後24時間は授乳を避けるよう指導すること。[添付文書]
※サリドマイド(サレド)
授乳婦に投与する場合には、授乳を中止させること。なお、投与終了8週間後までは授乳を避けること。〔乳汁中への移行が報告されている。〕[添付文書2008/12]
※胎児・乳児への薬物移行を過度に心配‐臨床薬理学会でカナダの実態を報告
胎児や乳児にほとんど影響がないにもかかわらず、服薬や母乳栄養を中止してしまう妊婦が多いという実態が、1〜3日に開かれた第26回日本臨床薬理学会年会で、伊藤真也氏(トロント小児病院臨床薬理)から報告された。カナダでの実態を報告したもので、カナダ・オンタリオ州の調査では、医師の間でも薬物使用時の母乳栄養に対して意見の分かれる結果が得られており、正しい情報提供の必要性が浮き彫りにされた。
 トロント小児病院では1985年から、妊娠時の薬物安全性に関する情報を提供する「マザーリスクプログラム」を開始。電話相談・外来プログラムで年間3万5000件の相談に対応している。最近では抗うつ薬の相談が増加し、セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)の催奇形性に不安が高まっている。
 ただ種々の研究から、SSRIは胎児や新生児にほとんど影響しないことが指摘されている。それにもかかわらず乳汁中に薬剤量が多いという理由だけで、母乳を中止する妊婦も見られるという。SSRIの母乳移行度は治療量の10%に満たないが、心配のあまり服薬を中止して、かえって産褥期うつ病の治療が満足に行われないとの結果も得られている。
 また、内分泌系薬剤のプロピルチオウラシル(PTU)に関する調査でも、母乳への移行が0.3%しかないのに、服用中の女性患者が母乳を選択しない傾向が明らかだった。さらに、オンタリオ州で行われた調査によると、医師の間でも母乳栄養を勧めるが51%、勧めないが44%と意見が割れていた。
 そうした実態から伊藤氏は、妊娠中の薬物使用には正確な情報提供が必要であるとし、「有用なデータを集め、そのデータを患者・社会に正確に伝えることが重要だ」と指摘した。[薬事日報2005/12/06]

※ブデソニド(Pulmicort)による喘息治療中の母親における乳児に対する薬剤の曝露はごくわずか
授乳期にある母親の乳児における吸入ステロイド薬ブデソニド(Pulmicort)の曝露はごくわずかであることがスウェーデンで行われた薬物動態試験で明らかになりました。
これは、吸入ステロイド薬の母乳への移行について初めて検討した試験で、その結果は本年8月に米国サンディエゴで開催された国際ラクテーション・コンサルタント協会(International Lactation Consultant Association:ICLA)の年次総会で発表され、Journal of Allergy and Clinical Immunology 2007年10月号に掲載されました。この情報は喘息治療薬を処方する医師にとって重要ですが、授乳中でも喘息治療を安心して継続できるという意味において母親にとっても重要です。
本試験はブデソニドによる喘息治療を受けている授乳婦8例とその子供(乳児)を対象としており、現在推奨されている手法に従って薬物の乳汁移行、乳児が乳汁を介して摂取する薬物量、および乳児の血中濃度を評価しました。その結果、乳汁におけるブデソニドの濃度は母親の血中濃度より低く、乳汁を摂取した乳児の血中濃度は検出限界以下であることが示されました。なお、乳児の平均血中濃度の推定値は母親の平均血中濃度の約600分の1でした。[アストラゼネカHP http://www.astrazeneca.co.jp/activity/press/2007/07_11_09.html 2007/11/09]

※Codeine 米FDA/公衆衛生勧告:授乳中の母親がultra-rapid-metabolizer の場合、乳児の血中モルヒネ濃度増加により生命を脅かす副作用発現の可能性(2007/08/17)[海外規制機関 医薬品安全性情報/Vol.5 No.18(NIHS)2007/9/6]
FDA は、codeine を服用している母親が母乳育児をする場合、乳児に非常にまれではあるが重篤な副作用が起こる可能性があるという新たな重要情報を得ている。この副作用の発現には、母親の薬物代謝能の個人差が影響すると考えられる。
 Codeine は体内で代謝されてモルヒネに変換され、疼痛治療薬として作用する(*1)。Codeine の代謝には、遺伝的素因など多くの要因が影響している。肝薬物代謝酵素に遺伝子変異があると、codeine のモルヒネへの変換が加速され、かつ変換される割合も増加する場合がある。このような変異のある人はultra-rapid metabolizer と呼ばれる。授乳中の母親がultra-rapid metabolizerである場合、codeine 服用後の血中のモルヒネ濃度が正常より高くなる可能性が高い。さらに母乳中のモルヒネ濃度も高くなり、乳児がモルヒネ過量摂取となり、乳児の生命を脅かすあるいは致死的な副作用が起こるおそれがある。多くの場合、母親がultra-rapid metabolizer であるかは不明である。
 Codeine は長年、授乳中の母親に安全に使用されてきた。Codeine は、多くの処方箋鎮痛薬の成分であり、OTC 薬の咳止めシロップにも含まれる。
 2006 年、生後13 日の健康な乳児がモルヒネ過量摂取により死亡したという医学雑誌の報告があった。この乳児の母親は、会陰側切開時の疼痛に処方される通常用量以下のcodeine を服用していた〔Koren ら、Lancet. 2006 Aug 19;368(9536):704.〕(*2)。臨床検査で、この乳児の血中モルヒネ濃度が高かったことが示され、遺伝子診断により、母親がcodeine のultra-rapid metabolizer であることが判明した。
 FDA はこの公衆衛生勧告により、医療従事者および授乳中の母親に次の安全性情報を伝える。
  • 医師が授乳中の母親にcodeine を処方する場合、疼痛や咳嗽の緩和用には最低用量で最短期間の処方とすべきである。医師は授乳中の母親に、母親とその乳児のモルヒネ濃度が高くなった場合の徴候をあらかじめ伝える必要がある。
  • Codeine を服用している授乳中の母親は、非常に強い眠気があり、乳児の世話に問題が生じている場合は医師に連絡すること。
  • 母乳育児中の乳児は通常、2〜3 時間毎に授乳が必要であり、1 回の睡眠は4 時間を超えない。乳児に(通常よりも)強い眠気、哺乳困難、呼吸困難あるいは弛緩の徴候が認められた場合、直ちにかかりつけの医師に相談すること。直ちに医師に連絡が取れない場合、乳児を救急外来に連れて行くか救急車を要請する(あるいは地域の救急サービスに電話する)こと。
  • 授乳中の母親は、codeine の服用に関して質問があれば、医師に相談すること。
Ultra-rapid metabolizer は、100 人あたり1 人未満〜28 人と推定されている(*3)。Ultra-rapid
metabolizer がcodeine を服用した場合の有害事象の頻度は不明である。
 自分がultra-rapid metabolizer であることを認識していない可能性は誰にでもある。唯一の確認方法は遺伝子検査であり、ultra-rapid metabolizer の判定にはFDA が認可した検査法があるが、codeine 代謝にこの検査法を用いる際の情報は限られている。現時点では、母親が疼痛治療にcodeine を服用した場合、母乳に過剰のモルヒネが含まれる可能性について、検査結果のみで正確に予測することはできないと考えられる。検査は医師の診断による判断の代わりにはならない。
 Ultra-rapid metabolizer の問題は、鎮痛薬ではcodeine のみで報告されているが、他の麻薬性薬剤にも影響を及ぼす可能性がある。すべての麻薬性薬剤は、母乳中の薬剤濃度が非常に高い場合、乳児に同様の重篤な副作用を引き起こす可能性がある。
 FDA はcodeine を含有する処方箋医薬品の製造業者に対し、codeine 代謝の個人差と授乳における懸念に関する情報を薬剤表示に追加するように求めている。Codeine は出産後の疼痛管理に一般に使用されているが、乳児の重篤な副作用の報告はきわめてまれである。Codeine を処方する医師は、codeine のultra-rapid metabolizer である母親の授乳に関するリスク増加の可能性を認識する必要がある。

参考情報
(*1)Codeine はそのままではオピオイド受容体に結合できず、投与されたcodeine の10%が肝薬物代謝酵素CYP2D6 によりO-脱メチル化を受けてモルヒネに代謝変換され、鎮痛作用を示す〔N Engl J Med. 351:2827; 2004〕。
(*2)満期産の健康な新生児であったが、生後7 日目より授乳困難と弛緩があり、12 日目には肌が灰色となり13 日目に死亡した。母親はcodeine 30 mg、paracetamol(acetaminophen)500 mgを12 時間ごとに2 錠、2 日目以降は傾眠と便秘のためその半量を2 週間服用した。新生児の血中モルヒネ濃度は70 ng/mL であった(通常codeine を服用中の母親が授乳中の乳児の血中モルヒネ濃度は0〜2.2 ng/mL である。)母親の母乳中のモルヒネ濃度は87 ng/mL であった(codeine 60 mg を6 時間ごとに服用する母親の通常の血中濃度は1.9〜20.5 ng/mL である)。この母親は遺伝子解析の結果、CYP2D6 に変異のあるultra-rapid metabolizer であったことが
判明した。
(*3)CYP2D6 ultra-rapid metabolizer はフィンランド、デンマークで1%、ギリシア、ポルトガルで10%、エチオピアで29%との報告がある〔Lancet 368:704; 2006〕。

※Codeine 米FDA/医療従事者向け情報:授乳中の母親への使用に関する医療従事者向け情報[海外規制機関 医薬品安全性情報/Vol.5 No.19(NIHS)2007/9/20]
FDA警告:FDAは、codeine を服用中のultra-rapid metabolizer の母親から授乳を受けた乳児における、非常にまれであるが重篤な副作用に関する情報を得た。Ultra-rapid metabolizer の母親から母乳育児を受ける乳児は、モルヒネを過量摂取するリスクが高い可能性がある。
 医師は、授乳中の女性患者にcodeine 含有製剤を処方する際に、モルヒネ過量摂取の潜在リスクおよびその徴候について患者に伝えること。Codeine を服用している授乳中の母親は、乳児がモルヒネ過量摂取の徴候を示していないか注意深く観察すること。乳児に通常以上の眠気の亢進、授乳や呼吸の困難、身体の緊張低下(身体の弛緩)の徴候がみられた場合は、直ちに医師の診察を受けること。また授乳中の母親にも、極度の眠気、錯乱、浅呼吸、重症の便秘等のモルヒネ過量摂取の症状が現れることがある。授乳中の母親にcodeine を処方する際、医師は最低有効用量を最短期間投与し、乳児と母親を注意深く観察すること。
 薬物代謝は、複数の遺伝的/環境的/生理的な因子が関与する複雑なプロセスである。限られたエビデンスであるが、ultra-rapid metabolizer(特定のCYP2D6 遺伝子型をもつ)は、codeine を活性代謝産物であるモルヒネに変換する速度が普通の人よりも速く、かつ変換される割合も著しく高いことが示唆されている(*1) 。このような代謝亢進の結果、授乳中の母親の血清中および母乳中のモルヒネ濃度が通常よりも高くなることがある。乳児死亡の症例報告1 件が文献発表され、ultra-rapidmetabolizer の母親がcodeine を服用すると、授乳中の乳児にモルヒネ過量摂取のリスクが高まる事例が懸念されている。

◆背景情報
◇文献報告
Lancet 誌1)に、codeine 服用中のultra-rapid metabolizer の母親から授乳を受けた乳児の死亡が報告された。この母親は、会陰切開による疼痛に対して、当初paracetamol(acetaminophen)およびcodeine を12 時間ごとに60 mg を服用した。しかし、傾眠、便秘等の副作用がみられたため、2 日目以降はcodeine を12 時間ごとに30 mg に減量した。乳児は生後10 日前後に哺乳不良があり、12 日に皮膚が灰色となり、13 日目に死亡した。
 この乳児の死後の血中モルヒネ濃度は70 ng/ mL であった。通常、codeine を服用中の母親が授乳する際の乳児のモルヒネ濃度は0〜2.2 ng/ mL である。母親の分娩後10 日の母乳が保存されており、モルヒネ濃度は87 ng/ mL であった。Codeine を6 時間ごとに60 mg 服用する母親の通常の血中濃度は1.9〜20.5 ng/ mL である。
 Codeine をモルヒネに代謝する酵素であるCYP2D6 の遺伝子型解析で、死亡した乳児の母親の遺伝子型は、CYP2D6*2×2 遺伝子重複(gene duplication)をもつCYP2D6*2A のヘテロ接合であった。この結果から母親は、代謝が極端に速いultra-rapid metabolizer に分類された。

◇その他
CYP2D6 の活性が通常である母親の場合には、codeine がモルヒネに変換されて母乳に移行する量はわずかであり、用量依存的である。母親がultra-rapid metabolizer の場合、codeine のモルヒネへの変換が加速され、かつ変換される割合も増加する。このため、母乳中のモルヒネ濃度が異常に高くなると考えられる。一方、麻薬性鎮痛薬の代謝には他の薬物代謝酵素も関与しており、逆に、母親の麻薬性鎮痛薬の薬物代謝が遅いために、血中および母乳中の濃度が高くなる場合もあると考えられる。
 Ultra-rapid metabolizer に関連するCYP2D6 の遺伝子型の頻度は人種差が大きい(表1)。

表1:異なる集団でのcodeine のultra-rapid metabolizer (CYP2D6)における頻度
集 団 Ultra-rapid metabolizer(100人あたりの人数)
白人 1〜10
アフリカ系アメリカ人 3
中国人、日本人 1
ヒスパニック 1
北アフリカ人
エチオピア人
サウジアラビア人
16〜28

Ultra-rapid metabolizer がcodeine を服用した場合の有害事象の頻度は不明である。
 Codeine は分娩後疼痛の管理に広く使用されているが、授乳された乳児に毒性を示す高濃度のモルヒネが検出されたという有害事象報告は非常にまれである。FDA の有害事象報告データベースでは、授乳中の乳児における高濃度のモルヒネに関する報告は2 件のみであり、いずれの報告も、母親のcodeine 服用の他にも寄与因子があった。例えば、一方の乳児には毒性を示す血中butalbital(バルビツール酸系)濃度が検出されていた。これらの報告では、codeine 量や遺伝子型には言及されていない。FDA のデータベース中に、codeine のultra-rapid metabolizer の母親に授乳された乳児にモルヒネ過量が認められたというケースがない理由としては多くの要因が考えられる。FDA への有害事象報告が概して過少報告であること(すべての有害事象が報告されるわけではない)、乳児の症状の発現と母親のcodeine 服用との関係が認識されていないこと、codeine のultra-rapid metabolizer がどのようなリスクを有するかが認識されていないこと、報告される情報の質が多様であること等である。
 医療の現場では概して、codeine は授乳中の母親およびその乳児にとって最も安全な麻薬性鎮痛薬と考えられている。全ての薬剤はその使用にリスクを伴うものであり、授乳中の母親のcodeine服用は、母親がultra-rapid metabolizer である場合は乳児へのリスクが高くなる可能性がある。このような、ultra-rapid metabolizer に関連した安全性への懸念はcodeine の使用に特有のもので、母親にモルヒネを直接投与した場合はこのような問題は生じない。しかし、ultra-rapid metabolizer が他の麻薬性鎮痛薬や鎮咳薬を服用した場合に問題が生じるかについては不明である。一般に、麻薬性鎮痛薬を使用する場合、推奨用量や推奨投与回数を超えた使用、あるいは薬物代謝能が低下している場合の使用には、生命を脅かす副作用を伴う可能性がある。
 Codeine を含有する処方箋医薬品の添付文書には、授乳中の母親がultra-rapid metabolizer の場合、codeine の服用にはリスクが伴う可能性がある旨が「使用上の注意」に追加される予定である。

参考情報
(*1)Codeine はそのままではオピオイド受容体に結合できず、投与されたcodeine の10%が肝薬物代謝酵素CYP2D6 によりO-脱メチル化を受けてモルヒネに代謝変換され、鎮痛作用を示す〔N Engl J Med. 351:2827; 2004〕。

    
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おくすり110番